ロロノア家の人々“年の初めの…”
 


 どちらかと言えば穏やかな東の海の奥向きに、大陸ほども大きな島がありまして。そのまた奥に、それは鄙びた山野辺の里がありまして。人が住まわぬ訳ではないが、さしていじられることもないままな豊かな自然に恵まれた中、一年を通じて四季が巡り、それぞれに趣き深い季節が移ろう。春には桜の萌緋、夏の濃緑に秋の錦紅、そして冬には雪の白に覆われる里山だが、身動きがままならぬほどもの豪雪でもなく。実りの秋の祭りを限
(キリ)に、身を凍らす寒風の中、次の春を指折り数えていた村人たちには ちょこっと中休みになろうかという、大きな節目の行事がやって来る。
「ホントはまだ先だったんだろ? この国の古い暦では。」
「まぁな。けど、他の国との貿易や交流だのに支障が出るんでってことで、随分と昔に世界中で使われてる方の暦に合わせることになったんだと。」
「あれじゃねぇのか? お正月が一ヶ月も早く来るから、そりゃあいいやって皆も反対しなかったとか。」
「…それはどうだろう。」
 それはともかく。
(苦笑) ずっとずっと使われ続けていた昔の暦の方が、耕作には勝手がいいのも道理の巡り、12月の20日辺りで一番昼間の短い“冬至”が過ぎても、節分・立春という昔の暦でのお正月が来るまでは寒さの厳しい真冬が続くのだけれど。それでも…何となく胸躍るお楽しみ。大掃除をしてお家を清め、あちこち新品の真っ新さらにして。門松立ててしめ繩張って、邪気払いをしたその上で、いざ新しい年のお出迎え。無事に迎えられた新しい年を言祝ことほぎ、健康に幸せに過ごせますようにと家族で祈り、またよろしくお付き合い下さいませねと知己へご挨拶をする、お目出度い節目。それが和国の“お正月”。神社へ詣でたり、縁起のいい謂れつきのお料理を食べたり、御利益があるという祝いの詞が謡われるのへ耳を傾けたり。昔ながらの行事も多く、大人も子供もついつい浮かれてしまう。それが、お正月。
「…お。」
 軽やかな鈴の音に気づいて振り返れば、華やかな晴れ着の長いお袖を振り振り、帯の大きな飾り結びを自慢げに背に負うた少女らが、口許の紅も愛らしく、慣れぬ草履でそれでもたかたかと駆けてゆくのに追い抜かれる。道の先に洋々と広がる、凛と冴えたる空気の満ちた青空には、四角にひし形、奴さん、色もとりどりの凧が幾つも揚がっていて、
「ウチの坊主のも あん中に混ざってるのか?」
「ああ、そうらしいぞ。今朝早く、衣音くんが迎えに来てな。」
 今年のは自分らのお手製らしくてな、暮れからずっと、衣音くんチのお父さんに教わったのを、二人であーだこーだ言いながら作ってた。
「上手く揚がったら、俺のと みおのも作ってくれるんだとvv」
「お前はともかく、みおもか?」
 おやとわざわざ足を停め、怪訝そうに訊き返すお父上へ、彼が視線を向けた先、すぐの傍らから。お元気な奥方、音がしそうなほど大きく頷いて見せると、
「お兄ちゃんたちのと同んなじ、赤いのがいいとさ。あれで みおも結構“お転婆”だぞ?」
 女の子同士で遊ぶ方が楽しいには違いなく、何でもお兄ちゃんと一緒だっていう時期はさすがに終えたらしいけれど、それでもね? それこそ母上に似たからか、おままごとと同じくらいに凧揚げや独楽まわしだって大好きだし、ゴムとびや木登りも今のところはお兄ちゃんにだって負けてませんと。かかって来なさいと胸を張りかねない、なかなか頼もしいお転婆さん。
「お正月も三が日を過ぎれば、子供らもいい加減、着物や家遊びには飽きるんだろさ。」
「…そういうもんかな。」
 元気が一番と言わんばかり、かっかっかっと豪快に笑う奥方とはちょいとトーンの違う声を出すご亭主なのは、元旦からこっち、晴れ着に普段着どっちもを可愛らしい和装で通していた愛娘に始終ご満悦でおいでだったからに他ならず。奥方似の大きな瞳にふかふかな頬、ここは微妙に似てないかもな、猫っ毛だけれどつやがあってさらさらな真っ黒な髪をした、そりゃあ愛くるしい自慢の娘御。表情豊かな口許に、ツタさんからうっすらと紅を引いてもらった おしゃまなお嬢ちゃまが、紅絹
もみのおリボンで髪を上げて、細い後れ毛越しに細っこいうなじを見せの、組み紐や広げた扇が袖に身頃に美しく流れ舞う、おニューの晴れ着をやっぱりまだ細っこいそのちんまりとした肢体へまといのしていて。小さなお背せなに大きな蝶々のように結ばれた金襴の帯に吊るされた、リリアンの房の下がった金の鈴が、彼女が動くのに合わせてチロチロ揺れたりした日にゃあ あなた…vv
“床の間に飾って1年中だって見てたいって顔でいたからなぁ。”
 さすがに、所謂“ポーカーフェイス”とやらで無表情を出来るだけ取り繕っていやがったけどもよと、内心にて付け足しつつも。これが世界一の大剣豪だなんて、誰が信じるかよなと。奥方がつくづくと呆れたほどの親ばかは、やっぱり相変わらずだそうで。
(苦笑)
「ま、ゾロがねだればいつだって、着てはくれるだろうからさ。」
 慰め半分にルフィが付け足した一言もまた、単に宥めるためのお追従ではなく。お嬢ちゃんの側からの“お父さん大好きvv”の度合いの方も、相変わらずに半端じゃないからこそのこと。暮れから年始にかけては道場での練習の方もお休みになったので、ほとんど一日中をお座敷にいてくれたお父さんだったため、仲睦まじくもくっついていることの何と多かった父娘であったことか。お年始にと誰かが来たり、前庭先で渡りの芸人さんが謡いや芸事の披露をしてくれたり、ちょっとご挨拶にと出掛けたりするそのたんび、本人は足音ひとつさせない師範殿だのに、それへと“とてとて”ついて回るお嬢ちゃんが提げてた鈴が、ちりちりちりり…軽やかに鳴るもんだから。あら、お勝手へお行きみたいね、あらあら蔵の方へ向かわれたらしいと、どこにいるのかが普段以上にあっさり分かったほど。
「さ、早く帰ろうぜ。今日のお昼には、ツタさんがおぜんざい作ってくれるんだと。」
「ぜんざい〜〜〜?」
 甘いものが苦手なご亭主がぎょっとして眉を寄せれば、安心しな、男衆には磯辺焼きを焼いてくれるってと、にっこり笑った奥方は、結局どっちも堪能なさるらしいが。相変わらずに仲良しのご夫婦、今年最初の村の寄り合いからの帰り道を、やっぱり仲良くとぽとぽと、村外れのお家までをのんびりと歩いてござったそうである。





            ◇



 かつて、最初の海賊王ゴール=D=ロジャーが、自分の集めた秘宝“ワンピース”を偉大なる航路のどこかへ隠したと宣言したことから始まった、世に言う“大海賊時代”だったが、その“ひとつながりの秘宝”を手に入れたとされる海賊“麦ワラのルフィ”が魔海“グランドライン”を制覇したことで一応は落ち着き。大した野望もないくせに混乱のどさくさに紛れて不法行為に明け暮れていた中途半端なならず者らは、正統な勇者ではなかったからこその足が出て、片っ端から海軍に収監されたり、はたまた、新しい海賊王の痛快な活躍に励まされ、勇気や力を得た一般島民たちから拿捕されたりし、その数もかなりがところ打ち減らされたと聞くのだが。そんな中には海から逃れて陸
おかへと上がった顔触れもいて、そんな連中の成れの果てだろうか。野盗や盗賊なんて輩が、外界からの狼藉者としてこんな辺鄙な村へも入り込むことがたまにあり。それもまたある意味での執念からか、世界一の腕っ節へか、若しくは…現在の世界政府規格の中での最高金額を狙ってか、時々は結構な腕前や組織を保ったままの連中もやって来るこた来るのだが、どっちにしたって現地ののどかさに油断している者が多く。大概は最初のコンタクトにて、師範や門弟さんたちにあっさりと叩き伏せられるのがセオリーではあるのだが。

  「…って段取りだ。」

 不意に聞こえたその声に、あれれぇと違和感を覚えて立ち止まる。今日はちょっぴりお寝坊をして、起きたらお家にはもう、ツタさんとお手伝いさんしかいなかったの。お父さんとお母さんは村の寄り合いにって出掛けていたし、お兄ちゃんは衣音くんと凧揚げだって。門弟さんたちは、今朝方冷え込んだことで裏山の湧き水が凍ったらしいからって知らせを受けて、子供たちが入らぬようにと立てられた柵の点検に出払っているとかで。誰もいないのか、つまんないなぁと。それでもあちこちをとたとたと歩き回ってた。
“だって、お父さんは時々、表からじゃなく裏手から帰って来るから。”
 お兄ちゃんたら酷いのよ? お父さんは方向音痴だからって囃し立てるの。大人なのに迷子になっちゃうんだぜなんて言うの。そうじゃないもん。怪しい人がいないか、土手の道とか崩れてないかって、そういうのを見て回るもんだからついつい、遠回りになっちゃったり、いつもの道を行けなかったりするだけなんだもの。……………多分。
(…苦笑) そいでそいだから、もしかしたら裏から帰って来てないかしらって、道場の方へも行ってみたけど、裏木戸は閂が下りてたから。あれじゃあ入って来れないかと諦めて、母屋へ戻ろうとしてたらね。道場と母屋を結ぶ渡り廊下のところへ、ぽんって飛んで来た声があった。聞き覚えがない大人の声で、あれれぇとそっちを見やれば…袋みたいな頭巾を随分とダブらせてかぶった、あめ売り芸人のおじさんが二人、母屋の角に南天の木が何本か植わってる向こう側に立ってるのが見える。
“…あ、そっか。”
 一昨日もね? 前庭に大道芸の人が来ていたの。あんな風な頭巾に手籠手、すねを絞った袴に脚絆、いかにもな赤はんてんを着たお兄さんがね? 細くて長い長い竹竿の先に、手鞠を乗せたり大きくて綺麗な独楽を乗せたり、竿がたわむほど重たい急須を乗っけたり。そうかと思えば何本も同時に両手で持って、その上でお皿を回したりして、なのに全然落ちないのが凄かった。村の人がたくさん集まって来てて、皆で わあわあって声を上げて一緒に観たのも楽しかったの。今はお正月だから、そういう人がお外から一杯来ていて、確か kinakoちゃんとかが話してた。不思議なあめ細工を作る職人さんも来てるって。おもしろいお歌に合わせて踊りながら柔らかい飴をとんとんとんって包丁で切っては、お隣りの台の上、幾つも並んだカゴへ順番こに入るようにって飛ばして見せたり、お芝居になってるお話を歌いながら、桃太郎に犬猿キジと、出て来る人を飴で作ったり。花咲じいさんのお話ではね、割り箸の枯れ木にぶわって、桃色の綿飴のお花を咲かせるんだって。凄っごく綺麗だって言ってたから、その人たちがウチへも来てて、そうそう“打ち合わせ”っていうのをしてるんだって思ったの。
「そん時に、後ろから………。」
「まさかそんなところにも居ようとは思うまいから、効果は抜群で………。」
 ほらやっぱり。ところどころは遠いからなかなか聞こえにくいけれど、何かびっくりするような仕掛けのあるお芝居をするんだ、きっと。前以てそうと判っちゃったお嬢ちゃん、自分だけが聞いた秘密の“びっくり”を、そうねお父さんにだけは話してもいいかなって思いつつ、そぉっとそぉっとその場から離れたの。だって、聞いちゃった人がいるって判ったら、おじさんたちも演目を変えてしまうかもしれないじゃない。母屋に入ればお勝手から、甘いおぜんざいの匂いがして来てね。それと同時に、玄関からは、
「ツタさ〜んっ! お腹空いたっっ!」
 ただいまよりも先にそんな事を言う、お母さんの元気なお声がしたから。あ、お父さんも帰って来たんだと、小さな姫君とたとたと、お廊下を走ってのお出迎え。のんびりとしたお正月の空気はまだちょっと、お屋敷の中に居残っていたようでございます。





            ◇



 ややあってお昼になると、わんぱく小僧の長男坊も、お鼻と耳の先を真っ赤にして戻って来た。仲良しの衣音くんも一緒で、彼らの凧がどれほど高くまで揚がったかを話しつつ、皆でおぜんざいを一杯食べて。ちょびっとだけ“食休み”をしていたら、表から鎮守様の神主さんとこのおじさんがやって来て、お話ししていた飴細工の芸人さんたちをお招きしましたよって案内して来て下さって。子供たちには知らされていなかったけれど、実は大人たちにはちゃんと通っていた段取りだったらしくって。前庭には一昨日と同じくらいの人の集まり。そんな傍らでは道場の門弟さんたちが、お年寄りへの椅子やらお茶の用意やら、慣れた様子で準備にかかってもいる模様であり、
「わあっ!」
「衣音、前の方へ行こうぜっ!」
「あ、お兄ちゃん、ずるい!」
 さすがは男の子で瞬発力が違ったか、たたっと先に飛び出してって、人の海の中、臆しもせずに飛び込んでった坊やと違い。もうっと一応は呆れてから、
“あ、そうだvv”
 何か思いついたらしいみおちゃん。こっそりと母屋の中へ戻って行った。
「えっと…。」
 この家には、みおちゃんの他には…ツタさんと賄いのお手伝いにと来てくれているお手伝いさん以外には女性は一人も居ない。お嬢ちゃんが晴れ着へとおめかしする時以外はそんな彼女らが使えばいいでしょうということで。お勝手に間近い空いたお部屋に大きめの姿見とそれから、研ぎだし漆の細工も綺麗な、結構品の良い合わせ鏡を据えた、昔ながらの形の鏡台とが置かれてある。この合わせ鏡をこそりと持ち出し、おままごとのフライパンに見立てて使うことがあるお嬢さんであり、
“あら、今日は違うのよ?”
 それは見事な技を持つっていう飴細工の名人のおじさんたちに、蓋に描いてある梅の形の飴を作ってもらうの。透明の飴でべっ甲みたいのを作ってもらうの。その見本にって見せなくちゃと、それで外して持ち出そうとしていたお嬢ちゃんであり、
「…あ。」
 お外からのわっというお声に気づいて、ああもしかしてもう始まったのかしらと、足早になる。玄関から出るよか早いからと、お勝手へ回り、大人用のつっかけに足を入れ、ぱたんぱたんと小走りに、大きなへっついさんやお風呂くらいはありそうな飲み水用の水瓶の据えられた土間を進み、表への戸口まで出かかったところへ、

  「ルフィ、お前は坊主と一緒に玄関まで下がってなっ!」
  「やだっ! 俺も殴っちゃるっ!」

   あ………。

 いつもはそうじゃない両親の、それは鋭いお声が飛んで来たから。もしかして、これはあのその、やはり。先程“わぁっ”と弾けるように上がった人々の声は、楽しいことへの歓声ではなく。今にも楽しい芸事披露が始まるはずだったそんな場へ、良からぬものが突入して来たことへ皆さんが慌てふためいて起こった喚声であったらしく。殺気立った空気が外気の寒さをもっと尖らせて張り詰めているのがありありと判る。さあいよいよ演目が始まろうとしていたところへ、門からなだれ込んで来たのは武装した数人の賊。大方、住人たちの殆どが見物に出た村が裳抜けの空になったので、そっちを荒らす奴とは別口、戻って来れないようにと引き留めておくつもりの配置であったのかも。そういうのは後から判ったことであり、悲鳴や靴音が右往左往する中で、剣同士がぶつかり合う、怖い響きも聞こえてくる。
「いいなっ? お前は そっから離れるな。まだ家ん中にいる、みおやツタさんたちを守るのが役目だぞ?」
「おうっ!」
 ちょうど来ていた衣音くんと二人して、勇ましくも木刀を構えつつ玄関先の守りにと立ったのが、お父さんに瓜二つな緑頭の小さな坊や。これでも道場では二人して、年長さんの豆剣士たちをばったばったと薙ぎ倒しているそうなので、闖入者たちをそこまで至らせるつもりはないながら、だからこそ…この子らには一歩も近づけさせまいという“背水の陣”の楯代わり。小さいながらも彼らを凛々しく立ち塞がらせておいた上で、頼もしい門弟さんたちの方は方で、見物に来ていた村の人たちを母屋の脇の火避け地へと誘導して守っており、

  ――― さあて最後に、真打ちのご両人を紹介するならば。

 腰に提げたる自慢の和刀。今でこそ和道一文字という1本だけながら、かつては我流の“三刀流”にて。恐持て凄腕の海賊どもを、右へ左へ、天へ大地へ、縦横無尽に薙いでいた。鍛練の末に身に染まさせし太刀筋の、それは鋭き鮮やかさによって。切り拓けない道はないとまで謳われし、世界一の大剣豪。ロロノア=ゾロとはこの人のこと。そしてそして、
「ゴムゴムの、ピストルっっ!!」
 伸びる伸びる、奇跡のパンチ一閃にて。一塊になって突っ込んで来た賊一党を、あっと言う間の“どぱぱんぱんっ”と、一気に庭の隅へまで跳ね飛ばした剛の者。…お正月なので縁起のいい“壱づくし”でまとめてみました。
(苦笑) そんな豪腕な奥方こと、モンキィ=D=ルフィ、カッコ新・海賊王カッコ閉じる、だったりし。
「年の暮れとかお正月は、ついつい気が緩んで泥棒にも狙われやすいとはいうけれど。」
「ええ。言いますねぇ。」
 師範殿が一応は峰打ちにと握り直した刀の峰にて、それでも結構な打撃を見舞われて、右へ左へばったばたと小気味がいいほど倒れ伏す輩どもが、見る見るうちにも足元を埋める。それをずりずりと庭の一角へと寄せる担当の門弟さんたちがいたりするところがまた、彼らがこういう事態にいかに手慣れているかの証明だったりし。それを観戦することとなった村の衆たちも、最初こそ悲鳴を上げたりもしたものの、しばらくすれば気分も落ち着き。そうなればなったで、これは半端な活劇芝居よりも面白いとばかり。何人掛かりで襲い来ようと豪腕と太刀筋の巧みさとにてぶっ飛ばせる、ホントは三刀流の師範殿が、時に からかうように細かく相手をしてやって丁々発止と交わされる剣劇やら、
「ゴムゴムの、鞭ィ〜〜〜っ!」
 それは勇ましくも豪快に、奥方が次々に繰り出す必殺の打撃技の数々へ、
「いよっ! カッコいいぞっ! ルフィちゃんっ!」
「ゾロさんも素敵っ!」
 芝居見物もかくやという、やんやとばかりの快哉を送るほど。…確かになぁ。見物の方々はともかく、真剣勝負だって点では、大道芸人の方々のお仕事と並んだっていいほどの代物ではあるものなぁ。
“…すごいなぁ〜。”
 みおちゃんが出て来かかっていたお勝手は、火避け地と前庭との丁度半ばに口を開いていて、右手に村の人たち、左手にはお父さんたちの“やっとう”が見える。さすがにこんな荒ごとの只中へと、非力な自分が飛び出しちゃあいけないってことくらいは心得ていたからね。お外へ持ち出すはずだった合わせ鏡を懐ろにぎゅううっと抱き締めたまま、ちょっぴりおろおろしながらも。でもでも、お父さんがお母さんが負けるはずはないからね。他の門弟さんたちと同んなじで、心の大半の部分では、早くやっつけちゃえって、余裕を持って見守ってもいた。そんな みおちゃんの視線が、何という誘いがあった訳でもなく向いたのが、村の人たちが集められてた塊りの中。お友達の智佳ちゃんやPちゃん、Chihiroちゃんたちは来ていないかしら、怖いようって震えてはいないかしらって思ったからなのだけれども。そんなお嬢ちゃんの視線が、見覚えのあるお顔をついと掠めてから…何かしら違和感を覚えたせいで、流れた先から舞い戻る。さすがにもう三が日は過ぎたせいでか、晴れ着姿の人は少なくて。しかも特異な芸人用の衣装でもあったしで、和装姿の彼らは尚更に浮いて目立っており。しかもその上、

  “え…?”

 示し合わせて笑った男らの表情の凶悪さに、お嬢ちゃまが思わずのこと、息を引いてハッとした。彼らは間違いなく、お昼前に裏手の方で内緒話をしていた大道芸人風の二人連れ。その時と同じいで立ちだったし、やっぱり飴細工の芸を見せようとしていたらしく、ほのかに甘い匂いもしている。でも、そんな人たちなのならば。何であんなにも怖い顔をする? こんな修羅場の最中だってのに。こういう荒ごとを“スリリングだから好きだ”って人は案外といるそうだけど、今のはそういうお顔とも全然違う。血が騒いでわくわくとして、楽しいって思ってるお顔じゃあない。そういえば。彼らはあの時、何と話してた?

  『そん時に、後ろから………。』
  『まさかそんなところにも居ようとは思うまいから、効果は抜群で………。』

 懐ろに入れてた手が、それぞれに白鞘の短刀を掴み出すのが見えたから、これはもうもう間違いない。村の人やらこっちへ回ってた門弟さんやら…師範や奥方がにぎやかにも華々しく、思う存分に立ち回っている直接の対峙を繰り広げていた方ばかりを見守っていた、その隙をつくように。人垣を掻き分けて、大股に踏み出しながらそちらへと飛び出して行こうとしたのが見えたから。そんな荒々しい動作がなのに誰の眸からも捕らえられてはいないのが見て取れた途端に、
「お父さんっ!」
 そんなの許せないとばかり、自分の体が知らず動いていた みおちゃんで。だって、
“あれは…。”
 卑怯にも背後から斬ってやるのだという意味合いの“打ち合わせ”だったんだと気がついたから。門弟さんたちが作っていた垣根を、後ろから突いて飛び出して来たその二人。彼らが進むは、こっちに紬の袷
あわせを羽織った大きな背中を向けていたお父さんであり、たとえ気配に気がついたとしても相手は二人。しかも、一人は駆け出しながら姿勢を下げた。こうまでの意表を突かれたとても、振り返りざまの太刀と、返しの太刀と。素人には刀が見えなくなるくらい、そりゃあ素早く繰り出して仕留めてしまえるお父さんだってことは重々知っているけれど。姿勢を下げた奴の方が、その間合いから微妙に外れてるってこと、嬉しくない予測として拾えた辺りは、さすが剣術道場の娘御だからというところか。このままじゃあ………お父さんが危ないっ。
「だめぇっ!」
 無我夢中にて飛び出して、恐らくは飛び掛かってやろうとしたか手が伸びて。そこへと持っていた合わせ鏡がツルリとすべって宙を舞った。結構な重みのあった鏡だったから、そんなにも勢いよく飛んでゆきはしなかったけれど、それが却って功を奏して。姿勢を下げた手前の男の脛へと当たり、不意な激痛に足の踏ん張りが萎えたのか、そのまま失速して“ずでんどうっ”と無様にも前のめりに倒れ込む。もう片やの男の方は姿勢も何にもさして繕ってはいなかったので、あっさりと…振り返りざまの師範の刀の撫で斬りにて仕留められてしまい、そして、
「こんの野郎がっっ!」
 後から思えば角度が悪かった。お父さんと叫んだお嬢ちゃんのお声に、素早く反応して振り返った師範殿だったので。横手から飛び出して来たみおちゃんを、そやつが乱暴にも突き飛ばしたように…見えなくもなかったのだろう。愛しい娘が倒れ込んだ姿が同じ視野に収まったもんだから、緑頭の世界最強、理性の箍がかなりがところ弾け飛んだらしくって。獣の咆哮のような野太くも恐ろしい一喝と共に放たれた、切っ先返しの一撃の、そりゃあもうもう凄まじかったことと言ったら。

  「ぐあぁぁあぁぁっっっ!!」

 いくら無頼の輩だとても、まだ幼いみおちゃんの眼前にて無残にも斬り殺さずに済んだ手加減は、さすが達人、ぎりぎりで自己制御出来たなんてお見事…ということか。とんでもない惨状にならなくて良かったと皆して胸を撫で下ろしたほど、そっちを覚悟しても無理はなかったほどの凄まじい殺気の籠もった一太刀ではあったが。直前に峰打ち握りにしていたので“頭から真っ二つ…”だけは何とか免れ得たらしく。思い切りの突きにて、足から浮き上がったまんま、庭のどんつきにあった桜の古木の幹に叩きつけられただけ、吹っ飛んだだけで済んでおり。……まあ、全身打撲辺りの負傷は自業自得ということで。
「ああ、せっかくの桜にひびが入りましたね。」
「まあ、あの枝だけはかなり枯死もしておりましたしね。」
「他は十分、柔軟性が残っておりましたから、大丈夫大丈夫。」
「いいクッションになって、あの男も救われたよなもんでしょうな。」
 門弟さんとか師範代が、そんな見解を呑気にも並べ、村人たちも格闘がやっとのことで終わったらしいと知って、ほぉっと胸を撫でおろし。駐在さんを呼びに行くぞ、ああいやお待ちなさい。もしかして、一味の何人かが村にも潜んでいるやも知れない。このまんま縛り上げて、我々で収監場まで連れてゆきましょう。その方が手間も省けるし、確か明後日にもここいらの小さな村々を統括なさってる監察官が巡って来なさるはずだから。そうそう、その方へ直接引き渡せばいいな。こういうことへの段取りは、それこそ皆様慣れておいでだからね。さっさと決めての手際良く、剣豪と奥方とが直接張り倒して伸した面々と、飴職人に化けてた二人と。荒縄でぐるぐる巻きにして、留置場がある村の広場近くの派出所までを、門弟さんたちが引き摺っていって、さて。

  「…みお。」

 こちらさんも勢い余って転んでしまい、お膝から砂を払いつつ立ち上がってたお嬢さん。お父さんからのお声に気づいて、お顔を上げるとすぐにも傍らまで駆け寄った。
「お父さん、お怪我は? どっこも痛くない?」
 心配そうなお顔になって、立ち尽くしたまんまの背の高いお父さんを頑張って見上げてみせる。いつもだったらすぐにも屈んでくれるのに。ああそれどころじゃないほどとっても疲れてしまったお父さんなのかしら。そんな風に納得しかかってたみおちゃんだったのだけれども、
「…なんであんな危ないことを。」
「だってっ。みおも頑張りたかったんだものっ!」
 だって大好きなお父さんが危なかったの。後ろから斬りかかるだなんて卑怯をしようとした奴らだったし、そりゃあ…もしかしたらば、結果としては。みおがお声をかけずとも、二人共をあっさりと伸してしまえた、強いお父さんだったのかも知れないけれど。
「女の子だからって、仲間外れはイヤなんだものっ!」
 お母さんはともかくも、お兄ちゃんも衣音くんも頑張ってた。なのに、みおだけ。そんなつもりはなかったとはいえ、こんな一大事の只中に隠れてただなんて、何だか…何だか仲間外れにされちゃったみたいでって思ったからと口にしたら、

  「………っ!!」

 声が大きけりゃ正しいということはないが、それ以上に。黙らせたいからって手を挙げるのはやはり反則で。咄嗟のことだったのだろう、それでも風鳴りがしたほどの勢いで、お父さんが腕を振り上げて、
「ぞ、ぞろ?」
 ぎょっとした奥方が駆け寄ってた勢いのまま、彼の眼前からお嬢ちゃんを掻っ攫って行き過ぎる。まさかとは思ったが、あまりに鋭い振り上げ方だったのへのこちらも反射的な対応であり、
「………。」
 ルフィお母さんの腕の中、ヒッと身をすくめていたみおちゃんを見やったまま。結局は上げた腕をそのまま降ろした師範殿、無言で背を向け、母屋の方へと立ち去った。





            ◇



 もしかしたなら、一連の活劇以上にスリリングだったかもな。あれほど仲良しこよしの父娘の、あり得ない葛藤を…何とか奥方が“お腹が空いた〜〜”っというお呑気な声で誤魔化して。さあさ後片付けだよ、皆様が持ち場へと散ってって幾刻か。

  「あのな? ゾロは男だ女だってことでの区別は あんまつけねぇぞ?」
  「…ホント?」
  「ああ。ただ、腕っ節が強いか弱いかってことの方が先だ。」

 こっそりと様子見を兼ねて家中を探索して来た、こちらはそこだけはお父上に似なかった、方向音痴じゃあない坊やが言うには。厳ついお顔をますます憮然とさせた師範殿、
『道場で神棚に向かって座禅をしてるみたい』
 四角く座ってじっとしているということであり。無鉄砲な家族たちは大好きだけれど、家族の無鉄砲自体は出来れば勘弁してほしいだろう師範殿。そんなところから…我を忘れて大事な娘へ手を挙げかかったことへ、自分でもちっとは反省してるのかもなと、む〜んと唸った奥方が、まま、今は放っておこうと決を下して…さて。こちらはこちらで、やはりまだ何かしら納得がいかないというお顔のお嬢ちゃまへと、援護射撃を構えてみているところが…ちっとは大人になったルフィなのかも?
(こらこら)
「腕っ節?」
「うん。なんたってグランドラインには、女でも子供でもとんでもなく強い奴がそりゃあ一杯いたからな。」
「それって…?」
「気丈だって人ばっかじゃねぇ、腕っ節だって半端じゃないよなのがゴロゴロいたさ。」
 例えば ナミとかロビンとか、ノジコも強かったし、ビビやカヤだって頑張ってたしな。あと、バロックワークスって奴らにも変な能力者が何人もいて、ウソップやナミが手古摺ったって言ってたし。ドラムに居た医者のくれはのばあちゃんも蹴りが物凄くて強かった。スカイピアにも女戦士がいたし、CP9ってのにも足癖の悪いお姉さんがいたような。あとあとえっと、ああそうそう。金棒振り回すアヒルダとかってのもいたな確か…って、おいおい奥方、それはアルビダさんのことなのでは?
(苦笑) ややもすれば乱暴な言いようだったが、

  「みおが女の子だからっていうんじゃなくて。
   坊主みたいに剣だって握ったことのない子が飛び出してっても、だ。
   あんなおっさんに勝てると誰が思うよ。」

  「………。」

 木登りが得意でもそれとこれとは話が別だし、人を見かけで判断してはいけないともいうが、それもまたこの場合には当てはまらない。お嬢ちゃんの腕力や反射能力などなどを、あのお父さんが把握していない筈はないというもので、
「ゾロは純粋に、怖かったんだと思う。」
「…怖い?」
 あんなに強いお父さんなのに? 意外なお言いようへと虚を突かれ、小首を傾げたみおちゃんへ、ああと、大きく頷いてやり、
「命は一人に一個しかないだろ? だから、粗末にしちゃなんねぇ。そんなの みおの勝手だなんて言ってたら、母ちゃんだって黙ってない。そんな勝手は許しゃしない。きっとゾロより先に、みおのこと殴ってたぞ?」
 非力な子供が口にするなんて不遜極まりないお言いようだからだし、それより何より。
「そんな言い方は、ちゃんと覚悟がある奴しか、しちゃいけないからだ。」
「覚悟?」
「ああ。」
 他愛ないお話をしている時の顔じゃあない。確固たる何かを踏まえている時の、大切なお話なんだぞってお顔でいるお母さん。だったから、みおちゃん、ちょこっと恐る恐るに…こう訊いた。
「死ぬ、覚悟?」
「違うな。死なない覚悟だ。」
 といっても、命を後生大事に抱えて、怪我しねぇように逃げ回るってんじゃねぇぞ。第一、実はそっちの方が頭も必要になって難しいからな。これへはからからと笑ってから、母上はきっぱりと言い切った。

  「こんなことで、こんなところで死んでどうするかっていう、
   何にも…自分にも屈しない信念と覚悟のことだ。」

 自分が目指すゴールはもっと先だ、こんな程度のハードルが越せなくてどうするかと、そうと断じて逃げない覚悟。どんな強敵へも粘り強くも立ち向かい、意識が途切れそうになるのへまで自分で自分を叱咤して…とことん諦めず戦い続ける、そんな覚悟。
「そうやって、ゾロも母ちゃんも世界一になったんだしな。」
「うん…。」
 それはそうなんでしょうけれど。そこまで規格外な人たちのセオリーを、一般人に過ぎないどころか、まだまだ子供もいいトコな、お嬢ちゃんや坊やに言っても…理解が届くとは思えないのですけれどお母様。
「………。」
「………。」
 お嬢ちゃまのみならず、坊やの方までもが、黙りこくってしまったのを見て、
「まだ早いかな?」
 くくっと笑った豪気な奥方、うつむいてもじもじと、お膝に載せていたクマさんの絵のついたハンドタオルを、もみくちゃにしては広げているお嬢ちゃんへ、
「まあ、とりあえず。」
 吐息をつきつつアドバイス。
「ゾロもきっと、今頃は頭も冷えてるだろからな。道場の方まで行って、お父さんって声かけてやりな。」
「でも…。」
 叱られたには違いない。心配させたし、怒らせた。簡単に命を投げ出すなんてと、お母さんが言うには“とんでもないこと”をしたばかり。そんなすぐにも場を繕えるものだろかと、もじもじしているみおちゃんへ、
「言っとくが、ゾロは みおよりもっとずっと、場を執り成すとかいうのがヘタクソだからな。」
 このまま みおの方から歩み寄ってやらにゃあ、向こうから切っ掛けを見いだすなんて出来っこないないなんて、結構あんまりな言いようをして、
「ま、そういう不器用なところがまた。男らしくてカッコいいんだけどもなvv」
 にっぱしと笑って…奥方、惚気てる場合でしょうか。
(苦笑) そんな付け足しが、でも、効果を発揮したらしく、小さなお嬢さん、ぴょこりと立ち上がると、とたとたとた…とお廊下を奥へと運んで行った。それを見送った格好にて、居間に居残ったお母さんと坊やの二人。見送った視線が戻ったついで、顔を見合わせあった相手へと、

  「お母さんは不器用なお父さんが好きなの?」
  「いんや。ゾロが不器用なのが好きなんだvv」
  「???」

 意味が判らず眸が点になった坊やとはさすがに違い、オヤツをと運んで来たツタさんが、思わず吹き出しかけてしまったほどに。子供の前でも委細かまわず惚気てしまえる、それもまた、ここのご夫婦の最強伝説の立派な一部なんでしょね、恐らくはvv 窓の外、小さな中庭には雲間からの光が目映いばかりに射しており、新しい春の潔さ、冴えた空気の中へと滲ませている。この一年も、賑やかでお元気な実り多き年になりますように………。





  〜Fine〜  06.01.04.〜01.05.

  *カウンター 198,000hit リクエスト
     水連燈火様『ロロノア家設定で、
            思わずみおちゃんに平手を振り上げてしまうゾロ。』


  *お正月気分がなかなか抜けなくて、お待たせしてしまいました。
   やっぱり活劇がからまねば、
   あのお父さんがみおちゃんへ手を挙げるという場面は思いつけなかった、
   相変わらずに荒くたい奴でございます。
   こ、こんなんでいかがだったでしょうか?

ご感想はこちらへvv

 
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